プロフィール

profileロスティ 泉 (Izumi Lostie)
(株)プロヴァンサ代表取締役
トレビアンフランス語アカデミー講師

関西大学フランス文学科卒
Université Paris V Descartes (パリ第五大学) 言語学科 学士号、修士号
INALCO-Institut national des langues et civilisations orientales (フランス国立東洋言語文化学院) 国際ビジネス学科 修士号
高等学校教諭1種免許状 (フランス語)、日本語教師資格所有

パリで大学を卒業後、日本のアパレル商社のパリ事務所責任者として欧州と日本間のライセンスビジネスに携わる。その後、フランスの化粧品OEMメーカーの日本責任者として東京に勤務。ワイン、アパレル、化粧品の分野で、パリと東京を拠点に日仏間のビジネスに20年以上携わり、営業や輸出入、海外市場開拓を担当。また2007年に会社を設立し、南仏プロヴァンスの石鹸を日本で輸入販売する。2011年から8年間、フランス人の夫の転勤に伴いブエノスアイレス、バンコク、クアラルンプールに住み、現在はインドネシアのジャカルタに在住。

ブエノスアイレスで始めたチェロをきっかけに海外で勉強する日本の若い音楽家たちに出会い、留学中の彼らが語学に苦労していることを知る。そこで、これからフランス語圏に留学したいと思っている方々、そして仕事でフランス語が必要な方々などの自己実現を言語からサポートするために、6か月でフランス語の基礎を習得する講座「トレビアンフランス語アカデミー」を開講。

はじめまして。トレビアンフランス語アカデミー講師のロスティ泉です。

私は小さいころから外国語を学ぶのが大好きで、ずっと英会話を習っていました。19歳までは本州から出たことすらありませんでしたが、地球儀を回したり外国の写真を眺めては、海外の生活をいろいろと想像していました。そして大学では英語以外の言語も学びたいと思い、フランス文学科に入学。大学の3年生を終えた後「もっとフランス語がぺらぺらになりたい!」と思い、クラスの皆が就職活動を始めるのを横目に、フランスのリヨンに1年間の語学留学に出発します。

「語学=目的」ではなかった

しかし1カ月もたたないうちに、友人がベビーシッターをしていた子供を見て「フランスでは5歳の子供でもフランス語がぺらぺら」という当たり前のことに気づきました。「語学=目的」ではなく、「語学=ツール」だということに、その時やっと気がついたのです。「私がフランス語ペラペラになっても、フランスの5歳児と同じなんだ…。」それから1年間の留学中、自分はフランス語で何をしたいのかをずっと悩み続けました。その時はまだインターネットがなかった時代でしたので、仕事に関する情報を調べたり、留学経験者の体験談を読む、ということもできませんでした。私がそのときに持っていたのは「成功する留学」という1冊の本だけだったのです。

なんども軌道修正した学生時代

パリ第5大学の授業風景  (L’Etudiantのサイトより)

それでも、さまざまな出会いがあった貴重な1年間をフランスで過ごし、帰国。日本の大学を卒業後、こんどは「フランスの大学で日本語を教える」ことを目的にし、フランスで「中・高等教授資格 (agrégation)」を取るべく、パリ第5大学の言語学科に入学します。言語学はまったく初めてやる学問でしたし、授業やレポート、試験はもちろんすべてフランス語なので最初はかなり苦労をしましたが、なんとか学士号、修士号を取得。卒業後は資格試験を準備する道に進むつもりでした。けれども、授業の合間にフランスのソフトウェアを日本に輸出していた仏企業で技術翻訳者として働きはじめたことがきっかけで、日仏間のビジネスに興味をもつようになります。そして今度は目的を「日本とフランスの間でビジネスをする」に変更。フランスでは大学での専攻がその後の就職先を決めるので、仏文学と言語学の学位だけではビジネスの仕事はみつからないと思い、INALCO (フランス国立東洋言語文化学院)に入りなおし、そこで国際ビジネス学科の修士号をとります。

このように、なんども悩み、目的を変え、軌道修正を繰り返した長い学生時代でした。(幸いにもフランスの国立大学の学費は非常に安く、2019年では学士号1年間の学費は170€(約2万円)、修士号の学費は243€(約3万円)です。)

念願の日仏間ビジネス

ボルドーのワインメーカーで修士号最後の企業研修を終えたあと、大学卒業後はパリでアパレル関係の仕事につき、フランスやイタリアのファッションブランドと日本のアパレルメーカーをつなぐライセンスビジネスに携わります。こうしてなんども目的変更と進路の軌道修正をしながらも、ようやく日仏間のビジネスに関われるようになりました。その後フランス人と結婚、出産。パリオフィスでは現地責任者として一人で仕事をしていたので、出産したあとも長く産休が取れず、緊急時にはベビーカーを押してデザイナーさんのところに打ち合わせに行っていました。

そのころに夫に東京転勤のチャンスが訪れ、家族で東京に引っ越します。東京で今度はフランスの石鹸OEMメーカーの日本営業担当となり、日本の化粧品メーカーとフランスのOEMメーカーをつなぎます。しかし二人目の子が生まれ、上の子供が小学校に上がる歳になると、だんだんと会社勤めが難しくなってきました。そこで、今度は南仏プロヴァンスのマルシェで見つけた色とりどりの石鹸を自分で輸入販売すべく、会社を設立。インターネットや百貨店、専門店で南フランスの香りの石鹸を販売するようになりました。

  

8年間で3か国に移住

そんな中、また夫の転勤が決まります。次の行き先はブエノスアイレスでした。小さいころ、地球儀を見ながら「東京の真反対の都市はブエノスアイレスあたりかな」と思いながら、あちらの生活を想像をしていたのですが、まさかその都市に自分が移住することになるとは思ってもいませんでした。そこから8年間は転勤が続き、家族でアルゼンチン、タイ、マレーシアに移り住みます。宗教も文化も言葉も全く異なる国々に住むことができたのは、私たち家族にとって非常に貴重な体験でした。

アルゼンチンへの移住で日本にいるときよりもすこし時間ができた私は、ブエノスアイレスでチェロを習い始めます。小さいころから弾いていたピアノとは違い、チェロはチェロ同士や他の楽器と一緒に演奏することができるので、さまざまな国に引っ越しを繰り返す私でもすぐに現地で音楽仲間ができました。その楽しさにすっかりはまってしまい、各赴任先ではアマチュアオーケストラで演奏すると共に、毎年夏休みには、フランスで開催される夏季音楽合宿に参加をするようになります。そしてそのフランスの音楽合宿で、日本から参加している音大生や音楽家の方々に出会うようになったのです。

フランスでの夏季音楽合宿の様子

趣味で弾いている私とは違い、音楽合宿に来ている日本人の方々は、声楽やフルートなどでプロになろうとしている音楽家の卵たち。普段はパリのコンセルヴァトワールなどで音楽の勉強をし、夏休み中はヨーロッパ中の音楽合宿をはしごしてさらに腕を磨いていらっしゃるの方々でした。そんな方々と話しているうちに、皆さんがフランス語にとても苦労していることを知りました。レッスンはもちろんフランス語ですし、フランスでは日常生活にもフランス語が必須です。「芸術に国境はない」とは言いますが、フランスに留学するにあたって語学がよく分からないと学べることが半減し、生活の苦労は倍増します。私が「道具であるフランス語を身に着けた後にそれを使う目的を探し続けた」のとは反対に、彼らはすでに目的が明確なのに、道具がないために苦労されているのでした。

このような経験から、「自分の得意な語学で、フランス語圏に留学・駐在する方々の自己実現のお手伝いができるかもしれない」と思うようになったのです。

語学オタクで、グループレッスン、マンツーマン、オンラインなどさまざまな方法で英語、フランス語、スペイン語を習得してきた私が、最短で効果的にフランス語力を身に付けるプログラムを作りました。基礎固めに重要な文法の習得には、日本語とフランス語の違いをよく理解している教師にこそ教えられることがたくさんあります。本気でフランス語を身につけたいあなたに、本気で教えます。

トレビアンフランス語アカデミーの講座内容ついてはこちらをご覧ください。

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