「革命前夜」の中の留学生たちを見て思ったこと

最終更新日:2020年4月28日

今日はフランス語には直接関係はないのですが、須賀しのぶさんの「革命前夜」という小説を読んでとても感銘を受けたので、感想を書いてみたいと思いました。須賀しのぶさんの本を読むのは始めてだったのですが、ドイツのドレスデン音楽大学で学ぶ音大生たちをテーマにした物語ということで、趣味でチェロとピアノを弾く私にとってはとても興味深い題材でした。

「革命前夜」は1989年11月にベルリンの壁が崩壊する前の東ドイツの人々の生活を、音楽を織り交ぜて描いた作品で、読んでいるだけでまるで音大生たちの奏でる音楽が聞こえてくるようでした。「どうやって音を文章で表現できるのか」と不思議に思うでしょう。でも読んでいると、本当に音が聞こえてくるようなのです。

 

ベルリンの壁が崩壊した頃、日本はバブル全盛期の頃でした。壁のニュースを聞いても私には遠い国のことにしかすぎず、その頃のヨーロッパの政治情勢など全く理解していませんでした。しかし、その時のことをフランス人に聞くと「戦後最大のニュースだった」と言いますので、ヨーロッパの人々にとっては物凄い事件だったことが想像できます。そしてこの小説にはその頃の東ドイツの人々の生活や心情が、まるでそこで暮らした人が書いたかのように描かれているのです。

さて、この舞台が東ドイツの音大に留学した日本人、眞山柊史(まやましゅうじ)を中心に展開するため、社会状況は違っていたものの同じ頃にフランスに留学をした私は、いろいろと考えさせられました。とはいっても私は音楽を勉強しにいったわけではなく、単なる語学留学だったのですが、眞山と同じように感じたことを思い出しました。

 

ピアニストの眞山はこう言います。「僕は、自分の中に音をもっていなかった。その状態でここに来たから、飲み込まれたよ。」強烈な個性と圧倒的な技術を持つハンガリー人バイオリニストのヴェンチェルの伴奏を引き受けた眞山は、彼の演奏に合わせるのに必死で自分の音がわからなくなっていきます。

 

私の場合も、バブル絶頂期の日本で何も考えずに育ってきて、自分の考えや趣向などまだ全く確立がされていない時期に海外に飛び出してフランス人や留学生たちに交わったものだから、留学中は自分を見失いそうでした。この「自分を見失う」というのは、自己がまだ確立されていないうちになんとなく留学をしてしまったので起こったのだ思います。今まで自分が一緒にいた人々とあまりにも違う価値観を持つ人々の中にほうりこまれると、自分の価値観が揺らいでしまうのです。「革命前夜」の眞山のように、周りに飲み込まれてしまいそうになるのです。

 

でももし皆さんがそのような状況におかれたら、どうか自分がそれまでに培ってきた価値観を信じてください。自分がいいと思うものはいい、と。周りのフランス人や留学生たちと違っても、彼らの価値観に無理に合わせることはないと思います。

 

ただし、せっかく留学したのに孤立していてはもったいないです。それよりも自分の軸を保ったまま、周りの違う価値観から吸収できるものは吸収するべきです。そうすれば、留学中に周りとは違う個性が確立できるのではないでしょうか。それが音楽の分野であろうと、アート、料理、ダンスの分野であろうと。

 

小説の中で、眞山はヴェンチェルに「お前のピアノの音は水みたいな音だ」と言われてショックを受けますが、その音は日本の自然や四季の中で生まれた音であるのだから、自信をもっていい。ヨーロッパに来ると、表現力豊かなスペイン人やイタリア人達に押されてしまいがちですが、それは彼らのラテンのお国柄のせい。日本人は日本で得た感受性を大切にしながら、彼らに同化することなく自分の技術を高めていけばいいと思います。私も留学していた頃はよく思いました。「フランス人にならなきゃ…」と。自分を見失いかけていたのでしょうね。でも、そんな必要はなかったのです。

 

さて、この小説の中で留学経験のある私が思ったのは、「みんな留学生のくせにドイツ語うまっ!」ということです。主人公の眞山がドイツ語が話せなかったらこの小説は成り立たないので、彼の語学力はドイツ人並みになっていますが、高校生の頃から語学を一生懸命勉強していたという彼は、反政府運動に協力できるぐらいにドイツ語ができます。ついでに言えば、ハンガリー人の留学生ヴェンチェルも、ベトナム人留学生のスレイニェットも、北朝鮮の李も、みんなドイツ語がペラペラです。実際の留学生活では、外国人同士は英語で会話をする場合も多々あるのですが、彼らはみなドイツ語で会話をしていたようで、喧嘩もドイツ語でやってしまいます。

 

でも確かに、せっかく留学をするのなら、彼らぐらいに最低限の会話はできるようになっておくべきだと思います。そうでなければ先生の言うことも分からないし、クラスメートや現地の人々とも交流ができません。もし眞山がドイツ語さっぱりの日本人留学生だったら、イェンツやクリスタ、ファイネンさんとあんなにも親しくなれた訳がないのです。現地の人は、言葉ができない外国人にわざわざ話しかけてくることはありません。よくある留学生活のように、彼も授業以外の時は同じ国籍の学生同士(またはアジア人同士)で固まって生活をしていたことでしょう。

 

ですので、せっかく留学をするのであれば、眞山のようにぜひ最低限の語学力は身に付けていってほしいと思いました。「革命前夜」の変な締めになってしまいましたが、クラシック音楽が好きな方もそうでない方も、留学をしたい方もそうでない方も、ぜひこの本を読んでみてください。

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