ジェンダーフリーなフランス語とは?Ecriture inclusive (包括的書体)
フランス語を習い始めた皆さんがまず思うのは、「性数の一致ってややこしい…」ということではないでしょうか?私がフランス語を習いたてのころ、
ーMoi, je suis prêt ! 「私、準備OKよ!」
と言ったところ、すぐさま
ー “te” 「トゥ」
とフランス人につっこまれると、「あ~なんで女はなんで言葉までややこしいの?!」と思ったりしたものです。
(主語が女性の場合には形容詞も女性形にしなければならないので、prête 「準備のできた」が正しい形です。)
その他に、男女グループを人称代名詞 (pronom personnel) で表す時に、グループが男1人、女10人で構成されていても “ils (彼ら)” になることにも、ちょっと違和感を感じていました。
さてこのように言葉のフェミニズムを思う中、言語をジェンダーフリーにする動きを最初に知ったのは、カナダのモントリオールに住む娘からでした(ちなみにモントリオールでは日常的にフランス語と英語の両方が使われます)。彼女が大学に入学したての頃、学生同士の自己紹介をする時に「自分はどの人称代名詞で呼ばれたいか?」ということをまず言わなければならなかったそうです。学生の中には “she または he” で呼ばれたくない人もいますから、gender-inclusive language (包括言語)を使って、”she” と “he” 、そしてそれ以外の性をすべて含む “they” を使って自分を呼んでもらうという選択が、今では可能なのだそうです。そのようなわけで、娘の大学で発行されているフランス語の学生新聞も、écriture inclusive(包括的書体)で書くことが原則となっています。
そんな時代の流れを受けて、フランスでも この包括的書体の使用が昨今本格的に議論され始めました。それではいったい、この écriture inclusive とはどのような言葉なのでしょうか?
écriture inclusive (包括的書体)とは?
まず、”inclusive (包括的)”という言葉の中には、「すべての人々を含む」という意味が込められています。これに対する “écriture neutre (中立、中性書体)”の場合は「男性、女性のどちらにも属さない」という立場で、包括的書体とはまた異なる文法規則が生まれています。ここでは フランス語の包括的書体についてみてみたいと思います。
英語の場合には、he/she という人称代名詞を、それら両方そしてそれ以外すべての人を含む they に換えたり、businessman / businesswoman を business person のように性を表さない形で表現する程度ですみますが、フランス語はそういう訳にはいきません。ありとあらゆるところに「性数の一致」が必要とされるフランス語ですから、性別を表さずに包括的に表現するには、さまざまな新しい文法規則が必要とされます。
包括的書体の文法規則1:一般的総称を使う
英語の business person のように、可能な限り、性差を表さない一般的総称を使わなければなりません。
例えば
「聴衆」auditeur / auditrice ⇒ auditoire
「人権」droits de l’homme ⇒ droits humains
「男優」「女優」acteur / actrice ⇒ artiste
包括的書体の文法規則2:中央の点 (・)
男性形と女性形、複数形を包括的に表すには、中央の点 (・)を使用する。
les étudiants (男女学生複数)⇒ les étudiant·e·s
les professeurs (男女教師複数)⇒ les professeur·e·s
包括的書体の文法規則 3:定冠詞
定冠詞 le / la を包括的に表すには ⇒ lia または li
包括的書体文法規則 4 : 不定冠詞
不定冠詞 un / une を包括的に表すには ⇒ un·e
des ⇒ des のまま
例:
Un·e ami·e est venu·e me voir. ある友人が私に会いに来た。
Des auditeurices nous ont écrit. (auditeur + auditrice = auditeurice) 聴衆たちは私達に手紙を書いた。
包括的書体文法規則 5 : 部分冠詞または de と定冠詞の合体形
du / de la を包括的に表すには ⇒ di
例:
Va dans le bureau di directeurice! (Va dans le bureau du directeur+ de la directrice !)
ディレクターの事務所に行きなさい!
包括的書体文法規則 6 : 人称代名詞
il / elle を包括的に表すには ⇒ iel
ils / elles を包括的に表すには ⇒ iels
例:
Iel est allé·e au cinéma. (Il est allé au cinéma. + Elle est allée au cinéma.)
(彼+彼女)は映画に行った。
Iels font de l’exercice régulièrement. (Ils + elles font de l’exercice régulièrement.)
(彼ら+彼女ら)は定期的にエクササイズをしている。
包括的書体文法規則 7 : 所有形容詞
mon/ma, ton/ta, son/sa を包括的に表すには ⇒ maon / taon / saon
mes, tes. ses ⇒ mes, tes, ses のまま
例:
Iel a eu la visite de saon cousin·e.
(Il a eu la visite de son cousin. / Elle a eu la visite de sa cousine.)
彼+彼女はいとこ(男+女)の訪問を受けた。
包括的書体文法規則 7 : 所有代名詞
mien/tien/sien
mienne/tienne/sienne
を包括的に表すには ⇒ mien·ne / tien·ne / sien·ne
包括的書体文法規則 8 : 性によって変化する名詞や形容詞の語尾
–eau, –elle で終わる名詞(例:jumeau, jumelle 双子)
⇒ –elleau
Les jumelleaux s’étaient mis·e·s toustes belleaux pour leur rassemblement.
双子(男+女)達は集まりのためにきれいに着飾った。
–teur, –trice で終わる名詞 (例:éducateur, éducatrice 教育者)
⇒ –teu または –teurice
L’éducateurice de mon enfant dit qu’iel a des talents de créateurice.
私の子供の教師(男+女)は彼+彼女にクリエーター(男+女)の才能があると言った。
–oux/-eux, –ouse/-euse で終わる名詞 (例:jaloux / jalouse, heureux/ heureuse 幸せな)
⇒ –ouxe または -euxe
Maon petit·e-ami·e n’est pas jalouxe et j’en suis heureuxe.
私(男+女)の彼女+彼氏は嫉妬深くないので私は幸せだ。
–tre, -tresse で終わる名詞 (maître, maîtresse 先生)
⇒ -trexe
Lia maîtrexe d’école nous a présenté lia prêtrexe du village voisin.
学校の先生(男+女)は隣村の司祭(男+女)を私達に紹介した。
包括的書体文法規則 9 : 家族の名称
frère / sœur ⇒ frœur (兄弟+姉妹)
oncle / tante ⇒ tancle (叔父さん+おばさん)
….. これ以外にもまだまだ文法規則はあるのですが、この辺でやめておきましょう。ecriture inclusive の意義はとてもよく理解できるのですが、実際にこのように書くとなると相当な労力を要しますし、読みにくいというのが正直な感想です。
このような言語のジェンダーフリーを目指す動きは、同じくロマンス諸語であるスペイン語などでも広まっています。例えばスペイン語では、男の友人は “amigos” で女の友人は “amigas” のように語尾の o/a で性別を表すことが多いので、それらを包括する場合には “amig@s” というように @ をつかう案などがあげられています。
一般的に書き言葉は話し言葉よりも進化が遅いですが、時代の流れとともにロマンス諸語の書体にも変化が求められているようです。
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