フランス語とフランス的コミュニケーションについて

最終更新日:2020年2月18日

私はいつも、「日本人が外国語での会話が苦手なのは、言葉ができないというよりもコミュニケーション方法に違いがあるからだ」と感じています。例えば私が話す言語を切り替えるとき、いつも少し人格が変わるような感じがします。おそらくそれは「話す言葉に応じてコミュニケーション方法を切り替えている」からだと思うのです。もちろん、ベースは同じ性格の人間ですが、日本語で日本人にむかって話す時は、英語やフランス語、スペイン語を話す時よりもちょっとオブラートにかけた言い方をするというか、以心伝心の部分を残すというか、言い方を和らげます。

もちろん、仕事の場合には誤解が生じるといけないので日本語でもあいまいな表現を避けますが、このようにコミュニケーション方法を切り替えないと、日本では「ちょっときつい日本人」に、海外では「はっきりしない日本人」になってしまうのです。私はこれを「ハイブリッド人間になる」と考えていますが、国と言語に合わせてコミュニケーション方法を切り替える必要があると思うのです。

 

ところで、フランス、特にパリに住む日本人の多くが、カルチャーショックや異文化不適応によって精神的・心理的トラブルになるというデータをまとめた、精神科医の太田博昭氏が書いた「パリ症候群」という本がありますが、その中に「フランス的コミュニケーション」について書かれたとても興味深い箇所があるので、以下引用させていただきたいと思います。

フランス語とフランス的コミュニケーション(太田博昭氏著の「パリ症候群」から引用)

カルチュア・ショックの本質が結局はコミュニケーションのズレにあることは、第二章「パリ症候群」の中で指摘したとおりだ。コトバとコミュニケーションは、あるレベルまではほぼ並行して上達する。が、レベルが高くなるにつれて、コミュニケーションそのもののセンスが問題になってくる。

 

そして太田氏は、フランス語力の評価の基準を次のように定めています。

  1. 全く話せない
  2. 挨拶や買い物ができる
  3. 何とか談笑できる
  4. 議論に参加できる
  5. 議論しても負けない

コトバとコミュニケーションがある程度並行して上達するのは、(3)何とか談笑できるレベルまでだ。(4)(5)のレベルでは、言語的および非言語的コミュニケーション力そのものが物を言うようになる。つまり、相手と渡り合う際のある種の迫力や転機、あるいは、強いて言えばディベート能力のようなものだ。特に(5)の「議論しても負けない」レベルは、本質的には外国語ができる、できない、とは異なる次元の問題である。外国語をペラペラしゃべる人が議論に強いとは限らないのは当然だが、我が国ではこと外国語になると、この辺りが混同されていて、流暢にしゃべることをもって外国語ができるとする錯覚があるのではないだろうか。

これには私も全く賛成で、外国語のレベルにかかわらず、議論に参加できる人と参加できない人がいます。私も以前フランス人との夕食会で議論が始まり、話題が日本に関することだったにもかかわらず、議論にうまく参加できず悔しい思いをしたことがあります(その時はディベート能力不足に加えて、日本に関する知識も足りなかったのですが)。

さらに、太田氏はこう続けます。

先に、外国語は現地に行けばなんとかなると考えるのは錯覚に過ぎない、と指摘したが、例えば、パリのフランス語学校に行っても、コトバは学べるがコミュニケーションそのものは学べない、という意味なのだ。それは語学学校がもともと欧米人を教えるために設けられているため、日仏のコミュニケーションの差については、もとより眼中にないためである。コミュニケーションとは、一言すれば「相互理解のパターン」のことだが、コトバはその手段であるに過ぎない。欧米人の場合、コトバは違っても、同根の言語グループに属する。言語グループというよりは、コミュニケーション・グループという方が的確かもしれない。つまりそれは、言語の差はあれ、どの国もコミュニケーション・パターンが「議論説得型」であるということだ。従って、コミュニケ―ションの基礎は自国語でみっちり身に付けている訳で、フランス語学校ではコトバ(文法)中心に学べば、あとは何とかなる訳だ。

確かに、ヨーロッパ言語を話す人々は、母国語とフランス語の言語の構造が似ているうえにコミュニケーション・パターンも似ているので、フランス語学校の初級―中級クラスの人でも我々アジア人なんかよりもものすごくよく話します。

 

そして氏は、日本式コミュニケーションとフランス式コミュニケーションを以下のように分類しています。

日本式コミュニケーション:以心伝心型の典型。相互理解の際、感情的融和が重視され、論理的整合性の方はあまり深く追求されない

フランス式コミュニケーション:議論説得型の典型。論理的整合性が重視され、感情的融和よりはロジックの切れ味の方に満足感を覚える傾向が強い。また、ロジックだけではなくレトリックやディベートのテクニックが発達しており、自己表現や自己主張に固執する。

特に、以心伝心という日本式コミュニケ―ションはフランスでは通じないと思った方がよいでしょう。回りくどい言い方をするよりも、自分の意見や思いをはっきりと伝えた方がよいと思います。相手の気持ちを損なわないようにと曖昧な言い回しをすると、「で、何がいいたいの?」と理解してもらえません。

また、意見とそれを言う人は切り離すべきです。我々は、自分の意見が否定されると自分まで否定されたように感じてしまいますが、あくまでも「意見に対して賛成か反対か」と議論するわけなので、「Non」と言われたからといってそれは自分が否定された訳ではないのです。私もフランスの家族から「Je ne suis pas d’accord.(それには同意しないね)」とズバッと言われると、最初の頃はネガティブな気分になったものですが、それは私の意見に対する相手の考えで、自分自身とは切り離さなければならないのです。

 

もうひとつ、太田氏の本の中で面白いと思ったのは、「日本人の議論はスポーツに例えれば「野球」に近く、議論のテンポがゆっくりで、話し相手と聞き手の役割も明確」であるのに対し、フランス人の議論は「サッカー」そっくりで、一つのボール(話題)をめぐって何人もがアタックし合う。従って、スピードが速いだけでなく、声の大きい方が主導権を握るのが普通だ」という意見です。確かにフランスでは、黙っていて誰かが自分に意見を尋ねてくれるのを待っていても、だれも振ってはくれません。自分からボールを奪いにいかなければならないのです。

このように聞くと「フランス語がネイティブでない我々は、太刀打ちできないのではないか」と思うかもしれませんが、そんなことはありません。フランス語の発音や文法が完璧でなくても、堂々と自分の意見をフランス人達と戦わせられる外国人はたくさんいます。我々は、フランス文学に出てくるような粋な表現が使えなくてもかまわないのです。フランス式コミュニケーションの形式を理解し、自分の意見をシンプルな形でロジックに言えれば、ちゃんと受け入れられるのです。

【留学・駐在前に】短期間で効率的にフランス語の基礎を身につけられます

コメントを残す

関連記事

【留学・駐在前に】短期間で効率的にフランス語の基礎を身につけられます

フランス語学習に関する役立つ情報をお届けします

trial lesson

トレビアンフランス語アカデミーFacebook